届け物がてらの感想

息子にアイロンと小型掃除を届けた。さすがに身内が暮らしていると見知らぬ土地も身近に感じる。記憶にない小さい時から覚えているくらいの年齢まで、自分の出身のものすごい田舎から都会で羽振りの良かった親戚の家を毎年のように家族で訪ねていたのだが、その時にあまりの相違に私が呆然としていたということを親から聞いていた。自分じゃあ覚えてないあの感じが蘇るようだ。それと帰国後しばらくも、日本とタイというか、とにかく住んでいた場所と住み始めた場所のあまりの違いに身体感覚として適応しにくくなったような感じも蘇る。場所に対するこういう感じって何だろう、不思議。しょっちゅう移動している人だと、私のように移動癖の乏しい者とは違った感覚なんだろうか。

整った部屋を初めて見たが家具がうまく納まって快適そうだった。一安心。夫に「元気そうだったよ」と伝えると「当然でしょ、お金使うだけなんだから」と言う。こういう話になると私も弱い。私自身が自分で稼いできたわけじゃないからだ。多分それで子どもに対しても半端なのである。自分で苦労してきたなら正々堂々と金銭面のけじめをつけられるんだろうか。夫の場合は本気で貧しかったので高校卒業後はバンコクに出て働きながら学べる大学に行って自力で卒業したわけだ。こういう人が「お金使うだけ」と言う言葉には、私なんかが半端に言うのとは別種の重味がある。かといって彼が子どもに「だから自分もやれ」とは言わないのである。本気で貧しい経験があると子どもには苦労させたくない、ということにはなりがち。よって両者とも迫力には全く欠けてしまうわけだ。そして時代が違うし、夫にとっては国が違う。自分の経験を活かすということができない。いつの時代の誰もが感じる世代間ギャップ+諸々。この間友だちが「いくら技術革新って言ったって高度経済成長期のあの頃の変化にはかなわないでしょう」と言っていたが、そのへんはどうなんだろうか。
by kienlen | 2010-04-09 09:07 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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