考えさせられる出来事

歳すると心臓がバクバクという機会は、病気とか以外では少なくなる。若かったらこういう場面で緊張したのになあ、と感じることがよくある。そして若い頃に戻りたくないと思う。人によってはあの若さを懐かしむんだろうけどな。で、こういう日常で突然心臓がバクバクし出すとインパクトが強い。つい最近だが、それを経験した。場所は裁判所の法廷。タイ人の裁判の判決のある日で、審理を傍聴していたのと、時間があったのとでふらっと傍聴に行ってみた。判決言い渡しだけなのですぐに終わると思ったら、なんかごちゃっとしたやり取りがあって、弁護士が唐突に手紙を読み上げたのである。あれ、どっかで聞いたような記憶があるなと思ったら、自分が訳した手紙ではないか。こ、こ、こんな所で読み上げられるなんて思ってもいなかった。こんなのアリですか、裁判官、じゃない、翻訳を依頼してきた会社のシャチョーさん。ものすごくびっくりした。そして本当に心臓の音が聞こえるくらいだった。薄着だったら危なかった。厚いコートが消音作用をしてくれた。隣席では通訳を長年やっているタイ人の友達が真剣な目で成り行きを見つめている。「ねえ、この訳ひどくない。誰がやったんだろ」「じ、じ、実は私」と告白するか、いやいや内緒にしておこうとか、などと、もうとんでもない妄想に支配される。退出しようかと思ったくらいだ。しかしここらへんも歳を取るっていいなあと思うのは、もう自分の責任は取りましょう、と開き直れることで、逃げも隠れもしません。って、大げさなひとり相撲イメージだけなんだけど。

この手紙については小さな翻訳会社を経由して私の元にきて、大急ぎで頼むってことだった。特に難しい内容ではない。感情に訴えたいものであることは想像できる。となると、それなりの表現になる、というものだ。ひとつひとつの言葉をどう選んでどう組み合わせるかは人によって違うに違いない。恋文代筆業があこがれの仕事だったくらいの年代の生まれであるから、情に訴えるのに自信がないわけじゃないが、まさかそこまで演出するわけもなく、普通に訳したつもり…などと、もう自分の注意は細部に入っていく。すると検事が「・・・・の箇所は同意できない」というようなことを言った。裁判官が「その部分を説明してやって」と通訳に指示した。心臓やっぱりバクバク状態。通訳が「これは原文とちょっと違います」なんて言ったら、翻訳自体を問うような展開になるんだろうか。その場合、問われるのは訳者か受注会社か。半分ボランティアみたいな仕事でなんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。通訳さんもイレギュラーな展開にとまどっている。別に私は間違った訳をしていると不安になっているわけじゃなくて、こういう扱いをするのなら最初から分かっていたかったというだけのことである。この時は判決に際して情状を求めるという使い方だったので(もっとも他の使い方があるのか、裁判についてそう知らないから分からないけど)表現のレベルまで突き詰めるものではなかった。実際、そこまで突き詰める場面があるのかどうかは知らないが、今日の多言語状況を考えると、なんかすごくびっくりする出来事ではあった。まあ、たまたま傍聴に行かなければ知らなかったことでもある。
Commented by jun at 2010-02-25 08:43 x
オリンピック並のライブのドラマですね。
「たられば」や「翻訳」もそうですが、すべては解釈の問題であるようにも思いますが、人と違った解釈は時に人を傷つけたりします。(私の場合。)突っ込みが許容される地域や人々の中ではいいのですが。
ところで「恋文代筆業」っていいですね。でも、私立探偵が依頼人に恋をしてしまうみたいな事も起こりそうですね。そんな映画もありましたが。
ではまた。
Commented by クリス at 2010-02-25 12:24 x
これはヒヤヒヤするだろうなあ~。あ、どうも、以前翻訳事務所で日英実務をやっていたクリスです。
あたしもマニュアルなどの大口の仕事の合間にドラマティックな手紙の翻訳を小遣い稼ぎにやったことがあります。フィリピンやシンガポールといった英語が第一言語では必ずしもない国の人向けが多かったかな。そうかあ~、こんな場面で使われちゃってたこともあったかもしれませんね。くわばら、くわばら…
Commented by kienlen at 2010-02-25 21:49
junさん、クリスさん、いつもどうも。ドラマなんてもんじゃないです、今もヒヤヒヤしてます。クリスさんのも知らずに使われていたかも~。
by kienlen | 2010-02-24 16:04 | 言葉 | Comments(3)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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