とりあえずまた逃げ道探し

もめていた息子の進路。もめていたというのは当たらないかもしれないが、自分としては大変な悩みの渦中にいた2,3日間だった。自分の人生を振り返ると逃げの一手である。悲しいくらいに単純である。大きな壁に向かって挑むとか目標に向かって挑戦するとか、夢に向かって走るとか、じゃなしに、何かがあると右によけ、何かあると左によけの繰り返し。何かのために誰かを説得するよりは、諦めて別の道を探してしまう。自分から積極的に挑戦もしないので受験も妥協、仕事も妥協、生き方も妥協。こっちが嫌になるとあっちに行くことばかり考える。よって問題解決力が育たない。全く情けないが、こんなことを振り返る羽目になったのは、結局のところ息子の受験のせいである。自分としては自分なりに、どこまで逃げられるかはテーマであった。がんばらないので達成感はない。すると達成感のために物事をするんじゃないぞ、と逃げる。きちんと勉強しないので知識がない。すると、知識がなくたって必要な知識をその場で間に合わせる方法を知っておけばいいのだ、と逃げる。まあ、つまり逃げることには頑張っているとも言える。で、問題となるのは今さら自分のことではない、今さら人格変わらないんだから。

問題となるのは、こういう親が子に何を言えるか、である。息子は、今回の短期間ながら集中した受験勉強によって目標を持って頑張るという経験をしたようである。私は点数を上げるための勉強を頑張った記憶がないので、点数が上がる快感というのを実感としては知らない。とはいえ、ダイエットで体重を減らすようなものであろうし、想像するのにそう難しいことはないが、正直のところ、だからどうなのよ、という気持ちがある。これも自分流の逃げであろうが、今となってはそれで行くしかないのである。やはり問題は子供である。あなたもひたすら逃げなさい、とは言えない。そこまでになれないのがセコイところである。かといって、がんばりなさいどこまでも、とも言えない。本気でそう思えないからだ。全くなあ、こんな歳してこんな問題にぶつかるとは。子供のおかげです。少子化反対?!ということで悶々とした2,3日だった。でも今日でおしまいにした。息子と打ち合わせして一応トクロン(合意の意味のタイ語)した。まあ、それなりにがんばって生きて欲しい。それしか言いようがない。つくずく半端である。情けない親である。
Commented by jun at 2010-02-16 21:33 x
敵には逃げ道を作り、味方には逃げ道を塞げ、というのがありましたよね。私は家族が必ずしも味方とばかりはいえないので、逃げ道OKです。もちろん自分にも。
逃げ切れないと思える逃げ道探しは少し辛いですが。
受験や進路選択に悩む親は大変です。
でも、ディネーセンの言葉を借りると「選択に意味はない。」のかもしれません。
また、近頃の中学生の口癖は「死ね!」ですから、まともに聞いたら腹が立ちます。ではまた。
Commented by kienlen at 2010-02-17 00:56
そっか、死ね!ですか。それだとウチの場合、自分から別の形式で言っていることで子供が言う隙はないですね。「選択に意味はない」は分かる気がします。だって比較のしようがないですもんね。こっちを取ったらあっちは分からないわけで。すごくいい言葉だと思います。
Commented by クリス at 2010-02-17 09:09 x
あたしは人生は選択の積み重ねだと思っています。
故に選択に意味はないのであれば人生は意味のないことの積み重ねです。
自分の選択の結果は自分で引き受けなければなりませんが、所詮意味のないことなのであればたいしたことではないのです
そう思えば少しは楽になりませんか?
Commented by kienlen at 2010-02-17 10:40
選択に意味はないと、クリスさんが書かれていることは同じような気がしますね。常に選択せざるを得ませんが、かといってその選択だけに重い意味をもたせると大変になりますね。だけど、大変になることも必要なんだろうし、それから逃げて楽になってていいのかな、というのが時々頭を持ち上げる悩みです。しかし結局何のかんのいっても大変なこともあるし楽なこともあるしね。こだわっていても、それこそ意味ないなって感じてやめるわけです。
by kienlen | 2010-02-15 22:57 | 家族と子供の話題 | Comments(4)

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