ひとり言

歳をとると、他人に対して「それだと行き詰まるんじゃないかな」と感じることができるようになる。もちろんそれが当たっているかどうかは別問題。ところが自分のこととなるとそのセンサーが働いているように思えない。で、やっとつい最近になって、ああ自分の限界ってこれだな、と感じるようになった。きっかけは常に子供である。どうしたって子育てには向いていないようだ。そういうことを悟るのはとっても苦しいことである。今日なんか、朝っぱらから「少子化当然」と叫びたくなった。私のような自分勝手な人間が親になり、まあなんとか持ちこたえて親を務めているとして、子供がさらに自分勝手であればそもそも彼らは子供を持とうなんて思わないんじゃないだろうか。私など、自分が自分勝手だと悟るのが遅れて、悟って子育てに不向きと知った時には手遅れっていうだけのことであり、もっとちゃんとしていればそもそも自分は不向きと分かるはずなのだ。こういう間違いを起こす人が減れば子供は減る。当然だな。

戦後の民主主義教育が自分勝手な人間を育てたのだろうか。で、自分勝手であるから相手の勝手さも尊重すると、こういうことになる。つまり方針を示すことができない。押しつけることができない。いや、ここまで考えて、真に自分勝手であれば自分の方針を押しつけるはずかもしれない、と思う。ということは半端なのである。子育てからの逃避なのである。いや、こんがらがってきた。現実問題として、どうしたらいいのだろうか。相談できないという自分の限界もある。隠したいわけじゃなくて、相談したところで決断は自分なんだから一体相談に何の意味があるか分からないのだ。ともかくそんなこんなで生産性極度に低下中。という言い訳が通じるわけもなく、したいわけもなく、生産性向上は自分の中の解決事項なのだが、それに対しても勝手な言葉を投げつけられると、さすがにもう意気消沈、消え入りたい気持ちである。しかしなんとかがんばらないと・・・。米が終わっているのに精米に行けてない。夫に「時間あったら頼む」と言ったが「ない」と言われた。やっぱりこれってワーキングプアの部類に入るなあ、当人が感じてないだけで。鈍感な人生であると最近特に感じる。
by kienlen | 2010-02-13 17:00 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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