『虹色の空-<カンボジア虐殺>を越えて』

著者の久郷ポンナレットさんの講演を聴いた時に本を購入した。クメール語のサインはタイ語によく似ている。昔、まだタイに住んでいた時にラオスからの帰りの寝台列車の中で日本人のお坊さんと偶然に向かい合わせたことがある。彼はカンボジアに渡って間もないと言っていた。理由はクメールルージュの虐殺で殺された人々を弔いたいから。ところが当時まだカンボジアのビザを取れなくてタイで出家して機会を待ち、やっとのことでカンボジアに入った。確かそんな話だったと思う。多分ちょうどその頃、タイとカンボジア国境の難民キャンプだった所が市場になったりして、政権のゴチャゴチャは伝えられていたけど、国連の監視下での選挙が実施されて、とにかくカンボジアは和平に向っての歩みは進めていたわけだ。そのお坊さんが「タイ語ができるとカンボジア語の習得は難しくない。語順がそっくり」と言っていたことはよく覚えている。

さてこの本が、涙なしに読めないことは当然なのでそれを述べたところでくどくなるだけかもしれない。もう何年か前に、あれは誰だったか、それに本のタイトルも忘れたが、殺戮を生き延びた人の手記を読んで慄然として、それで今回また。1975年の、その年に10歳、小学校4年だった著者のすさまじい体験が始まる。お隣のベトナムは戦争だったし不穏な時期ではあったことを10歳の子が知る由もないので、ただとにかく突然家を出なければならなくなり、直後に父が多分虐殺され、何が何だか分からないうちに家族が別々になり過酷な強制労働をさせられる。まず姉が死に、兄が死に、母と妹が死ぬ。もちろんキリングフィールドと化したポルポト政権下のこと。生き延びる過程で印象的なのは、どんな体制内の役目でも個人の裁量の範囲はあるので、そこで人がどうふるまうかで支配下にある人々の生死が分かれるということを、著者が自分の体験から確信的に記していること。2人の兄と生き延び、難民として日本に渡るものの、記憶を消すことはできないし表明するには過酷過ぎる。苦悩しながら、家族や友人、そして多くの人々を殺した加害者側が暮らす虐殺の地を訪れ、10歳までの幸福な時期を過ごした首都プノンペンにも慰霊塔を建てることで魂が鎮まる。ハンカチを手に一気に読める本。買ったまま何年も本棚にある『ポル・ポト伝』をやっと本気で読み始めた。それと、やっとのことで沖縄に行けたことだし、カンボジアにも来年は行ってみようと思っている。
Commented by eaglei at 2009-12-15 20:50
映画「キリングフィールド」は、衝撃的な映画でした。
オリバー・ストーンの「サルバトル-遥かなる日々-」は、
さらにもっと凄まじかったことを思い出します。

中国の文化大革命が輸出させれて起きた、悲劇でしたね。
歴史から学ぶことは多いです。
Commented by kienlen at 2009-12-16 09:43
映画は見るのが怖い…ですが、機会があったらと思います。歴史から学ぶことは多いですが、その歴史を知らなさすぎでいけません。しかし歴史というのは、縦の流れと横のつながりをどこまでどう扱うかが難しいところですね。ポル・ポト伝を読みながらそう感じています。
by kienlen | 2009-12-14 21:56 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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