好天の日の友達とのランチ

ちょっと一段落なので気分を変えるために映画でも見に行こうかと思っていた。めぼしいのがないので古いのの時間をチェックしておいた。ところが友人からランチの打診があり、用足しも兼ねて3人でイタリアンレストランの1050円のランチを食べておしゃべりした。2人共私よりは若いが2人とか3人の子どもがいる一人前の大人であるし、私的にも仕事面でもお付き合いがあり、ひとりは英国在住経験もあるし外国人の友達も多いしで、つまりまあ共通の話題がたくさんありすぎで話しきれない。本日は国際交流団体のこととか、関連の行政のこととか、学校とかPTAとか、新しいビジネスのアイデアとかいろいろ。柔軟な思考の方々と話していると楽しいが、これが日本の常識と思ったら大間違い、みたいなところもある。私はその点が曖昧というか、どっちかというと区別がつかない人間らしいことは人様からの絶えないご忠告で、やっと理解しかけているところ。あとの2人は常識もあるし柔軟だし、というなかなかの理想型である。

身近な外国人と日本人の摩擦の話になった時に「それって外国人とか日本人って問題じゃないよね」と、良識ある人々は気付くのだが、本日もそうだった。例えば「日本のしがらみにうんざりして◎◎国に住み始めたが、生活が長くなるにつれてこっちにもしがらみがあることが分かった」なんてのは、どこの国だからしがらみがアル、ナイの話しじゃなくて、生活する場にはそういうものがまとわりつくということである。ただ、外国なら多分しがらみフリーの生活ももしかして可能かもね…という程度の可能性はあるかもしれないけど。しかし日本人の団体とか組織って独特の人間関係があるように思うって話になった。今現在組織に属してない私は聞く側。それで思ったのだが、日本においては「我慢する」とか「がんばる」が美徳という価値感が、時には問題につながっているんじゃないだろうか。楽するのが美徳であれば仕事がないのにあるフリする必要ないし、暇なのに忙しいフリする必要ないし、そうすると暇な人を非難しないし、ちょいといい加減な人も非難できない。どれもそこそこにしておいて、ここぞって時は我慢する、がんばるけど、そこまでする必要のない時には力抜いていれば寛容の精神が醸成されるように思う。社会全体が細々している感じが、聞いているとした。国際競争力という点ではひじょうに覚束ない、と思うのは大げさかな。組織内の複雑怪奇な人間関係については、話しの仲間入りができずに残念だった。
by kienlen | 2009-10-14 16:18 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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