手書きのメモを見て

ちょっと必要があって、バンコク在住時にメモっていたスケジュール帳を開いた。初期と最後をのぞいて毎日のようにつけてあった。単なるメモだが、モノの値段なんかをつけておくのは役に立つ。それから誰かに会ったというのは記録してある。そして「◎◎へ手紙」とか「◎◎から手紙」という記録。よく手紙を書いていたらしい。こういうことはもうすっかりなくなった。「◎◎にメール」だの「◎◎からメール」だの書ききれないし、第一そういう記録も自分で残さなくても残ってしまう。これだけでも革新的なことだ。多分日記をつける習慣があったり手紙が好きだったりする人がブログを使っている場合は多いと思うが、もちろん自分だけの日記のようなわけにいかないんだから当然別物。それなのに、ブログを書いていると日記をつけなくなる。それどころかメモひとつも。

これが何を意味するのかまだ分らないが、ひたすら自分に向かっての言葉が外に向かうようになるわけで、皆がひたすら外向きになるってことなんだろうか。さすがに日記だとなんだか恥ずかしくて昔のを読む気にならないが、メモだと感情はほとんど抜きなので大丈夫。会った人の大方は忘れている。ランダムに開いただけなのに、ちょうど「橋田さんにばったり会った。お茶を一緒にした。びっくりした」というのがあった。そういえばそんなこともあったなあ。イラクで亡くなった橋田さんだ。どんどん遠のいていく過去は一体どこに行ってしまうんだろう。今までだったらどこにも残らなかった人々の過去が膨大に蓄積されていく時代。新しい生命操作技術で、そこからごちゃまぜの人間が生まれる…なんてネタにもならないか。
by kienlen | 2009-10-07 23:54 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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