見えない何かにお疲れ気味年齢

なんだか「お父さん」の気持ちが分かるお母さんになっている。高校生のかわいくない盛りの息子がいて、携帯使い放題、朝風呂入りたい放題、遅刻し放題、いろいろな意味で浪費ばかりの割には生産性なく、対価もない、いや、子どもに対価なんか求めちゃいけない、それは分かっている、無償の愛である、条件付愛はいけない、後でしっぺ返しがくる、はいはい…。あ、だんだんお母さん的思考になってきた。こういうことはさておき、安易に使いたくない用語「お父さん」なんてことを代表として使ったのは、年齢と気力と家族と金の問題を考えるのにはふさわしいかな、と思うからだ。今まで家族を養ってきた。昔はもっとその実感があった。休日には子どもと出かけたり、妻だっていくらなんでも今より俺に関心があったんじゃないだろうか。最近なんかたまに外泊しても気付いてないのか、気付かないフリか、知らん顔である。ずっと続けても知らん顔ならいいが、これが弱みになってデカイ態度に出られるんじゃあ割に合わない。妻なら対価を求めたっていいだろ。だってずっと養ってきたんだ。そりゃあ、家事はしてもらったがネパールじゃあるまいし、水汲みからの重労働なんてことはない。どうせDVD見て昼間は友達とお茶でもしてんだろ。

そこまで干渉するような自立してない男じゃないんだから、妻が快適であればいい。自分はやりがいのある仕事があるし、社会的地位だってここまできたんだし、それには妻の貢献だって考慮しなくちゃいけない。しかし、この齢になってみると、仕事だってある程度惰性だ。若い社員なんか、まるで子どもだ。俺の時代はあんなじゃなかった。いらない口ばかり達者で必要な言語能力は低下の一途じゃないか。しかしウチの高校生をみりゃあ、ここに棒振ったって知れてることくらい言われなくたってわかる。いいよな、団塊世代は逃げ切りじゃないか。もう昇進なんか頭打ちどころか、この不況じゃあ、この雁首だっていつどうなるか分からない。アナログ人間を自慢してきたけど、そんなの通用しないしさ。でもついこの間までアナクロニズムのカッコ良さもあったような気がするけど、気付いたら自分ひとり、荒野に立っている気分だ。そういやあ、砂漠の花一輪の詩があったような、ああ、昔は詩だって読んだ。今、何が残っているんだ。何もかも放り出して放浪の旅に出たい。俺らの年代、若い頃にできなかったわけじゃない。だから、今まで我慢してきたんだから自由になりたいってのとも違って堂々と被害者意識を主張できないんだ。好き勝手やってきたくせに、まだそれ以上かよ、みたいな。あ、そういう世間様ももう崩壊しているから、ええい、放浪の旅に出るか。あとは勝手にやってくれ。こういう感じが分かるなってことだが、本当に世間様のお父さんはこういう気持ちで生きているんだろうか。遅れてきた連帯できるかもな。ウチのお父さんは日本のお父さんじゃないから分らない。
by kienlen | 2009-09-10 09:21 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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