期待される消費者像

息子が「友達が〇〇寿司でバイトしていて、××誌の広告を持っていくと1800円で食べ放題になるっていうから行ってきた」と言った。「回転寿司で1800円分も食べられるわけ?」と尋ねると「友達と2人で1万円分食べた」と言うからひとり当たりにすると、5、5、50皿近くということでしょうか。この年齢付近の、素質と後天的環境、成績等、多くの点で、幅広めの中間あたりに位置すると思われる子たちの志向だか思考だか嗜好というのを、息子を通じて感じることができる。1800円で5000円分食べることを儲かったと感じるかどうか。翌日に食欲なくて1日食べないなら金銭的には儲かるかもしれないが、食べ物の場合はそういうことはない。だいたい毎食食べるのであるから、1食たくさん食べて何になるのだ。高校生の分際で1800円の外食代は高い、というわけで経済合理性は却下。娯楽性はどうだろう。大食い競争の影響か。私の好み的には無条件に却下。社交性は。それはまあよく分からない。その他要因分析も、面倒だ。

こういう子を見ていると、自分がこの手の楽しみから遠いところで生きてきたなあと感じる。母親がテレビの宣伝をメモして買い物に行くのを「踊らされている」と子ども心に思ったことは忘れられない。多分斜めから見ていた視線は感じられたと思う。だから親も目障りだったんだろう、高校に入る時に早々と下宿を探してくれたのは、親の優しさではなくて、単に一緒に居たくなかったからに違いない。それから常識を教えられるチャンスのないままに今日に至ったような気がしないでもない。でも息子がこうだからバランスは取れていると思う。でも、どうなんだろう。本当に息子が標準で自分がハズレなのか、それだって分からないし。でも、広告なんかを作る時の消費者像としてターゲットになるのはどっちだ。私だったら信じたら一路、バカみたいにコアな消費者になる可能性あるからそこに目をつけるのはアタリかもしれない。息子は浮動票である。だから何って、まあそんなことを考えて時を消費しているついで。
by kienlen | 2009-09-05 14:16 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー