『フィリピーナはどこへ行った-日本から消えた彼女たちの「その後」』

図書館で昨日借りた本の、まずこれを読んだ。著者は白野慎也さんという方。フィリピーナに関する本は何冊か読んだことがあるが、共通して感じるのは、フィリピーナに夢中になる男性の情熱のすごさである。それだけ彼女達が魅力的ということなんだろうと思う。それとタイ人に夢中になる人に比べてインテリが多いような気がするのは、単なる気のせいなんだろうか。その点はデータがあるわけじゃないから分らないが、少なくともこのような本にしたって、フィリピーナの場合は社会的な犠牲者というよりも、意志のあるひとりの女性として扱っている感があるが、タイ人女性を描く場合は、かなり犠牲者的な面が強調されているように感じられてならない。フィリピンがどういう国か私は知らない。こういう本を読むと、一般的に男が遊び人で浮気者で無責任で、女が身を削って一家を支える的なところはそっくりであるし、家族親族の人間関係がセイフティネットになったり全く逆だったりも似ているとは思う。大きな違いは宗教。なんだかフィリピンの方が「個」があるように感じられる。だから積極性にもつながるのだろうか。

まあ、しかしなんといっても入国の経緯の差異は大きい。これが一番だろう。フィリピンの場合はエンターテイナーとしての合法的なビザが発給されてきたわけだから、ブローカーに従ってくるだけのタイ人女性よりはよほどマシと思われる。従って来て風俗という経路となると、つまり不法であるから守ってくれるものもなく逃げ場もないわけで、受容的で諦観がないと状況を切り抜けるのがひじょうに難しい。それは後々まで影響を与えて然りである。そして当然、そういう状況にある女性と付き合うというのも勇気のいることだろうから、フィリピーナとは全然違うよな、などと漠々と考えながら読んでいた。それで、この本はエンターテイナーのビザが、アメリカの圧力もあって厳格になり、事実上入国困難になったことがフィリピーナの人生にどういう影響を与えたか、というのがテーマになっている。元ジャパユキさんの聞き取りだが、著者の位置は彼女達と寄り添っていて、素直な感情の表出場面も多々あり。これは男性だからこそかなって感じもする。体裁を変えたら別の種類の本として読めなくもないような。最後に「名ばかり芸能人を認めないのは弱いものいじめ」という著者の意見があるが、これは同感。確か時を同じくして人身売買の法律が施行されて適用の第一号がタイ人だったんだ。
by kienlen | 2009-06-22 19:27 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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