小学生で言語を変えるということ

日本語教室をボランティアで長年運営している友人から、人手が足りないから手伝ってくれないかという打診があった。特に予定のない土曜日の午後。日本語検定1級と2級を受ける中国人たちに本気で指導するため、タイ人の女の子を見る人がいないという。優秀な人に教える方が教えがいあるのは分かるけどね、と思いつつお手伝いに行った。久々に会ったその子はずいぶんと大人びていた。タイの子を見ているとウチの子はタイ人に似ているなあと思う。雰囲気が似ていて一瞬間違えそうになった。進級して新学期が始まってクラスも担任も新しくなった。日本語で会話がかなりできるようになっている。1年の進歩は大きいが、やはり日本語の壁は厚い。漢字を一体どうしたらいいんだろう。中学までに追いつくのはムリじゃないか、中学に行ったら勉強も雰囲気も段違いに厳しくなるし、担任がかかわっている余裕もないだろうし…。先が思いやられる。しかも問題は会話の方は上達するに決まっているし、発音だって小学生で来ていれば正確になるに違いないから、表面上は日本人並と誤解されやしないかということだ。思わず、発音はたどたどしくても、内容が豊富の方がマシじゃないかと思ったりもする。

算数の計算はできても文章題になると全くお手上げ。書かれた日本語が分からないというだけだから、説明してあげると分かるのだが、しかしこういう場合だってテストになったら算数ができないってことになるわけだ。友人は「九九ができない」と心配して日本語の語呂合わせを指導していたようだが、私はそんな時間は無駄じゃないかと言った。結果的に九九ができればいいのであって日本語の語呂で覚える必要はないだろうから。かといってタイ語の方が覚えやすいかというと半端なのである。難しい。もちろん国語の教科書など全く分からない。外国人になったつもりで読んでみると、日本の子ならあえて習わなくても自然に身についている言い回しとか、前後から想像できる言い回しがいちいち分からない。で、全部分からない。中国人だったら、よく漢字の違いがあるから混乱するみたいに言われるけど、やはり圧倒的に有利だろうな。少なくとも視覚で意味を把握する言語だし、辞書だって引けるし。こういうのを見ていると、もともと優秀な子とかひじょうに教育熱心でその余裕もある家庭以外の子が第二言語習得にエネルギーを費やすよりひとつの言語で教育を受けて、大人になってから必要に応じて第二でも第三でも習得する方が合理的に思えてならない。そもそもモチベーションが違う。これ覚えないと仕事クビとなったら必死で覚えるのだ。なんだか時間を無駄にしているような申し訳なさを、私が感じる必要もないのに感じてしまった土曜日の午後だった。私の心配が無駄であるのが一番いいけど。
by kienlen | 2009-05-09 18:33 | 言葉 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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