面白かった「わが教え子、ヒットラー」

昨夜「わが教え子、ヒットラー」という映画を見に行った。ぜひ見たいと思っていたもので、タイに行っている間に公開が始まって帰宅した時は終了が近かった。この映画について何か知っていたというわけではないが見たかったのは、予告で面白そうに感じたことの影響が大きい。大きな会場で上映されていたものの客席には3人だけ。私が加わって4人、その後に1人か2人来た寂しい状況。しかし内容は大変私の好みで満足度は高かった。ヒットラーというテーマだから残酷な場面を想像してしまうが、これはそうではなしに、それでも充分に残酷さと権力と組織のバカバカしい側面と、結局そのバカばかしさの犠牲になるのは誰かということなどをキチンと伝えていると思った。目を背けたくならない方法でどう訴えるかという点で、私はこういう描き方は好きだ。何しろ終始ユーモラスである。役者がみんな雰囲気抜群。収容所で強制労働されているユダヤ人のところに訪れたナチスの係官が、有名な俳優だったという1人の男性の名前を呼ぶところから物語は始まる。会話はないが、それだけで緊張感が漂う。毒ガスが出てくるかと思ったらシャワーを使わされて石鹸まで渡されてこぎれいになって向かう先は総督の部屋。

宣伝相のゲッペルスが発案して、壊滅的な戦局のせいもあって憔悴しきっているヒットラーの新年の演説を成功させて国民の戦意を高揚させようという作戦の指導者に選ばれたのがこのユダヤ人の俳優というわけだ。ナチス内にはユダヤ人を近づけるなど言語同断という声もあるが、憎しみによるエネルギーが必要だという説得もある。ここで描かれるヒットラー像というのが、どうなんだろうか、私などは結構納得できる像だった。像が示されるのはこのユダヤ人教師との会話によってだ。一方で収容所から特別に戻されたユダヤ人の家族内のやり取りがある。大量虐殺の主を指導するなんて何事だ、殺してしまえ、と当人も思って実際にやりそうになったりもする。このあたりの心の動きや行動がリアルで人間っぽい。小さな出来事のひとつひとつがひじょうに重要な意味を持っている。間接的にはひどく残酷なのだが、ここまでくるとすべてがブラックユーモアになっていて、面白いお話としても見れてしまうところがすごい。案外これが事実なのかもしれないと思わせるような。私など次の展開予想をせずに見てしまうものだから、最後が秀逸だと思った。現実的な意味で人間の良心とは何かということを感じて涙が出る。上品で巧みで妄想的でなくて押し付けがましさがなくて大人の映画だと思った。大変に良かった。
by kienlen | 2009-04-10 17:01 | 映画類 | Comments(0)

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