戸田奈津子『字幕の中に人生』

戸田奈津子さんといえば字幕でいつも見かけた名前。その人のこういう本を、久々に訪れた個人商店の、私の好きな古本屋で見つけて買った。読みながら1度読んだような気がしてしょうがなくて、趣味の読書の大方は記録しているこのブログを遡ってみたが途中で面倒になってやめた。途中までは既読感があったが後半はなくなった。今も謎。どうして字幕を職業にするようになったかという個人史から字幕業界事情から、字幕屋さんから見た映画から、字幕とは何かから、字幕を通じていろいろな事を知ることができる。通訳とか翻訳とか、言葉を直接的に扱う人の本というのはだいたいはずれがないように思う。聞き取れる程度に簡単なフレーズと字幕を見比べて、なるほどお、とか、ええ、とか思ったりはするが、いずれにしろ一瞬で読める字数で伝えることの大変さを思うと、でもまあ楽しい仕事なんだろうなあとも思うが、それは古き良き時代のことらしい。今は時間との勝負であるのはどこの多くの業界にも共通することみたいである。

日本は字幕好きな国なのだそうだ。ここまで字幕が普及している国はないそうだ。私も吹き替えより字幕の方が圧倒的に好きであるが、それを可能にしているのは漢字があるからではないだろうか。例えばタイ語にすることを考えると、えらい長さになるんではないかと思う。もっとも短い単語が多いのと相殺できるか。面白かったのは、キューブリック監督が究極の完全主義者で、翻訳した字幕を逆翻訳させて、しかも字の並びまで原語通りにするように要求してきたというところ。英語と日本語を同じ並びにしたら意味が通じないのはもちろんだし、逆翻訳して元通りの言葉になるわけがないのは、少々外国語を知っていれば誰でも分かることのように思うが、英語とフランス語みたいな親戚関係だったら可能なんだろうか、と思うと、不可能ではないのだと思いなおす。この間、韓国ドラマをテレビでやっていて、吹き替えた日本語と韓国人の口の動きがほとんど一致しているのを驚異的に感じたが、韓国語と日本語の近さを知ったら納得できるんだろうな。字幕翻訳者というのは、究極の意味で言葉を、最大限の合理性に芸術性を加味した上での伝達の道具として扱うということだろうから、エッセイにもそういう姿勢は表れるんだろう。平明でリズム感があって、説明も的確で端正でとっても面白かった。心がリッチになったような気がする。
by kienlen | 2009-03-12 20:09 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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