『テロルとクーデターの予感-ラスプーチンかく語りき2』

佐藤優と魚住昭の対談のその2。その1は『ナショナリズムという迷宮』だった。その2の生々しいタイトルを見ると怖気づいてしまうが、友人が買ってしまって先に私が読む役割を当てられたので逃げられない。ま、他のヘンな役よりもずっといいが。佐藤優が頻繁に口にしたり文字にするのは「内在論理」であって、それはつまり何かの現象にどのような論理が内在しているかを論理的に解き明かすことであって、そのための道具だてはいろいろ用意されている。今回はまずは宇野弘蔵のテキストが多用されている。で、本来なら自分の勉強不足を反省してまずは宇野弘蔵を読んで、それから…という順序を取るべきなのだろうが、佐藤優の場合は、原典にあたってない人は問題外、みたいな排他性を感じさせないのがとってもありがたい。だから挫折しないで読む気になる。だって、何しろ親切である。仲間内言語を使わずにフツウのコミュニケーション言語に咀嚼してくれるから、あーんと口を開けているとお母さんがモグモグ噛んで柔らかくしてくれる即席ベビーフードで養ってもらっているような気分だ。元は何だったかを知らずとも、とにかく栄養にはなるんじゃないだろうか。それでなんとなく「知識人」という言葉を思い浮かべる。

国家というのは確か佐藤優にとっては必要悪だった。戦争という究極の暴力を振るうことのできるのが国家であるから、暴走させないためには、すべてを国家に収斂させてはならない、ということだと思う。社会と国家は別である。これを混同するとまずい。国家以外のさまざまな結びつきが必要なのである。しかし…ということで、このタイトルである。「グルジア・ロシア戦争で、国家間の懸案を戦争で解決するハードルが著しく低くなった」というのが佐藤優の見立てである。「将来『歴史の転換点は2008年だった』と言われるような悪い予感がする。」という書き出しで始まる。それがどうしてかということを、さまざまな道具を使って解説していく。やっぱ怖い本である。これまでのように対抗策はこれ、の提示がかなり引けてきているように感じるからだ。そこに行くまでのバリヤが少しずつはがれてますよ、みたいな。元厚生事務次官襲撃事件、秋葉原事件などの最近の事件の分析も内在論理までの衣の剥ぎ方が独特であるし、私なんかはいつものようにことごとくうなずいてしまうのだった。
by kienlen | 2009-02-15 20:48 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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