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2012年 05月 27日
![]() せっかくだから少し足を伸ばすことにした。どこもかしこも美しい。山は好き。道端にワラビが見えたので車を止めて収穫。ヨモギも少し採って、庭のタラノメと一緒にテンプラにしてしまおう。テンプラばっかり食べている山菜の季節。道端の直売所に寄ったら、見たことのないかわいい紫の花があった。これは何だろうか。とっても小さい。比べる対象がないからサイズが分からない写真だけど。かわいいな、と言うと夫も珍しく同意していた。直売所閉店近いということでコゴミを安くするというのでつい購入、予定外。好きだからいいけどね。フキを取りたかったがどこで取っていいか迷って取れずじまい。庭に少しあるので摘んだ。山菜尽くしな夕食だ。ワインもあるぞ。 2012年 05月 26日
![]() 2012年 05月 26日
私はシンプルな性格だと思う。秤をいくつも持ってない。多分ひとつ。よって決断が簡単。ただ、さすがにこの年になると、世間の皆さん皆が皆、シンプルでないことは感じるようになってきた。年とって成長することはある。今まで分かってなくて幸せだった。でも複雑であることって大変だろうなと思うと、エネルギーがあるんだろうなと羨ましくもある。でも、そのエネルギー、別で使った方が良くないかと思うことの方が羨ましいよりももっと多い。なんてことをまた感じたのは、今朝の娘のお話からだった。ものすごく些細なことで、些細なことというのは自分にとっては考えるにほとんど値しないこと。ただ、それが娘にとっては値することであるとなると切って捨ててもおけないが、かといって、娘もバカでもないから、こっちが切って捨ててもおけないが嫌々相手していることは分かるから途中で不満そうに消える。どーしよーもないな、この人にアタシの気持ちなんか分からない、という感じだろうか。この積み重ねで将来母を恨むことだろうか。ぜひそのエネルギーを有効利用して下さい。
で、こういう時、ふと息子のことが頭に浮かぶ。思うに彼は、かなり早い時期から違う道を行くのだと決めたのではないだろうか。意識的か無意識かは知らないけど、また同性でないことも関係するかもしれないが。とにかく私はシンプルであるために、そういう意味ではエネルギーを使っているのだと思うが、相手にもシンプルさを要求するわけだ。毎度毎度「あのねえ、私に対してははっきり答えて下さい。考えや価値はそれぞれだから干渉しない。ただ、私が関係あることについて不明だとこっちが困るの!」と言い続けてきた。って宣言するほど大げさなもんじゃなく、行くか行かないか、来るか来ないか、食べるか食べないか、承諾するのかしないのかという単純な低次元の〇×みたいなもんだ。ところが彼の態度は、よくここまでやるよなってくらいにあらゆることに対して完全に曖昧に徹している。それってある意味すごいという感じ。いや、一緒にいるのはストレスでしかないが。それがあなたの生きる道だったらしょうがない。ただしそういう意味での責任は自分にありってことで。娘、そこまでできない。ということをふたりを比べると感じる。どっちがどういうものってわけじゃないが、まあ、がんばって下さいってところか。自分含めてだな、。 2012年 05月 25日
さすがに在宅仕事しないとならない日。もう限界。それで一応早起きした。しかし、パソコンに向かっているとつい余計なところばかり見てしまう。お気に入りにいれてめったに見ないページも色々あるが、本を紹介するブログはついつい読んでしまう。本読んでいる人ってどうしてこんなに読めるんだろうと思いつつ、面白そうなのがたくさんで、ごくごくたまに自分も読んだことのあるのが混じっていて、どういう感想だろうかと気になり、それが高じるとアマゾンの評価にも飛んだりして、とにかくすぐに時間が過ぎる。これって、どういう時間に分類したらいいんだろうか。全くなあ。で、今の子供達って子供の頃からこういう環境に置かれているわけだ。すごい。世の中についていけなくて当然だ。それで、面白そうな本を注文しかけて、待てよ、もっとあるだろうとなり、そのうちにメモするようになり、でもメモが増えすぎてこんなに読みきれないやとなり、覚えているのだけ頭に留めておくことにする。
で、買っても増えるから読むだけで済むものは図書館利用にしようかと考える。しかし図書館に行くのも面倒だったりする。期限内に読むというのも、自分のペースで物事を進めたい者にとってはなかなかやりにくい。他との関係もあるから。買ったほうが手っ取り早い、出版業界のためにもなるとか、なんとか。ところで、この間、近隣自治体の図書館の館長さんと話していたら、その図書館って、本の販売もしているということだった。これ、いい。借りてから買いたい本というのはある。そうなんだ、図書館も行きたくなる場所だったら行くんだけど、この辺りの図書館って楽しくない。わくわく感がない。声出しちゃいけない、ここの机は何専用、パソコンはダメとか、もうちょっと工夫してくれないもんか。ということで、図書館の本が今手元に3冊。期限内に読むのは無理かも。それにしても、何しているんだろう、自分。何かやっているような何もしてないような。空腹だ。ランチは打ちあわせを兼ねて。昨日ドタキャンした分が本日へ移動。進め!といっても自動的には何も進まない。 2012年 05月 24日
![]() 2012年 05月 23日
昨日はちょっと危機的なことがあった。といっても命の危機とかそういう類のものじゃないのだが、仕事の件で。どうも仕事に足が着いていない感がこのところあった。仕事モードになってない。この切り替えは内面的にはひじょうに重要。そんなだから、今仕事の点で余裕があるのかそうでないのかということもきちんと把握できていないような感じ。これってまずいよな、と思いつつ直面する壁がないとずるずるしてしまう。そういう時にちょっと活が入るような出来事で、逆に良かった。正気に戻ってきた。とりあえず処理はしたし。という状況と関係なく本のこと。結構な大著だし研究書でもあり、少し時間がかかってしまったけど、ひじょうにひじょうに面白かった。久々に重厚な本を読んだ。最後は出先のランチタイムにスパゲティを食べながら。中公文庫で800円。たった800円でこの充実の内容。本って素晴らしいなと感じる。構成は分かりやすい。テーマは、大東亜戦争になぜ負けたか。そのテーマの答えを探るため、日本軍の戦い方と負け方を分析する。分析の素材はノモンハンから沖縄戦まで6つの負け戦。つまり事例研究ということ。ここに半分以上が割かれる。ちょうどこの間、よく行っている講演会で日露戦争の勝利がその後の日本軍に何をもたらしたかという話しを聞いて、それが面白く、で、この本を通じてその話しと重なる部分もあり、ますます面白かった。
事例研究から失敗の本質を浮き彫りにするのが次の章。付箋を貼っていたらキリがなくなり途中で止める。ここまででも大変に疲弊するというか、気持ちは沈むわけだが、最後の「失敗の教訓」という章にくると、もう生々しさがここに迫ってくるようで胸どきどきになる。だって、この失敗、今の政治状況やら経済やら、そのまんま当てはまるではないかと思えてしまって。原発事故だって、この分析枠組みがそのまま使えそうだし、応用範囲広そう。それもそのはずで、組織論的研究であるから。こういう種類の研究書って読んだことがなかった。そのせいもあってか、隅々まで実に興味深く、そして納得できるものだった。日本の官僚制度の特徴も、ふむふむって感じだし、とにかく隅々まで丁寧で感動。記述スタイルも難しくなく、まあ、酔っ払っても読めるというような内容じゃないけど、素面なら大丈夫。音楽聴きながらはダメ、自分の場合。書かれたのは30年前。今まで知らなかった自分も自分だけど、今から読んでも遅すぎない。今の方がピンとくるかな。この時代状況の中で一層教訓に満ちた内容に感じられた。手元に置いておきたい素晴らしい内容でした。ありがとございました。 2012年 05月 21日
ウチは北側に階段があるので、上り下りの時に、南に大きく開口部のあるお隣の家の中が目に入ってしまう。覗きの趣味は毛頭ないけど、まるでモデルハウスのような家なので、見てくれって主張しているようでもある。真っ白なアイランドキッチンに白い絨毯。大きなテレビ。モデルハウスの宣伝に登場しそうな適度に素敵なカップルに小さいかわいい子供が3人。2人だともっとモデルハウスっぽいけど、3人も充分いける。庭もモデルガーデン。よく手入れされていてウチとは雲泥の差。そこに我が家から伸びていったらしいタラノメがにょきっと出ている。食べてくれているんだろうか、素敵なお隣さん。この間娘と近所の店に夕食を食べに行った時、そのお隣の車庫の前を通り「あれ、新しい車だ」と娘が言うから見たらベンツだった。すごっ。今まで見た車も珍しい色の見たことないデザインとか、なんか、みんなすごいのだ。時々止まっている親御さんらしき人の車もこれまた珍しい車種。こんな方が我が家のお隣にいるなんて、居住地の階層化がはっきりしている国だったら有り得ないよな。
かといってモデルハウスみたいな家には自分としては興味なし。システムキッチンも好きじゃない。どうも既製品が好きじゃない。選ぶより、ない物を作りたくなる傾向。よってこういうものを入れてないし、収納もないからすべて丸見えで、まあ大変というか楽しいというかな我が家。施工した建築会社の従業員が「こういう家は嫌だ」と言ったらしい。気持ちは分かる。そんなわけで模様替えまだ続行中。もう3か月近くになるかな。片付けたらひとり暮らしの友人とか父親とか、ひとりの人を夕食に呼ぶのだ。何しろ自分ももうじきひとりなのである。やはり人間関係大事だなと、このところ特に感じるようになった。娘が「隣の家の子、もうこんなに大きくなってる」とびっくりしていた。生まれたばかりだと思っていたのに。「見る見る大きくなるんだよ」と言ったのだが、ほんと、この娘だってつい最近までああだったんだからなあ。はあ、でも、やることはやったという感じはあるし、状況と自分の能力からこれ以上を子供にすることはできなかったと思う。もうしばらく面倒見るけど、その後はがんばってくれ。息子に2年、娘6年、まだまだじゃないか…。高齢出産のツケ。 2012年 05月 20日
小布施ブランというワインを開けた。美味しい!酸味が強くて渋みが少し舌に残って甘みはひじょうに弱い。好みだ。赤が終わっていたので白を買ってみたけど、白もたまにはいいもんだな。今朝は早朝のアルバイト短時間。家に戻って仕事と思ったがはかどらず。昼ご飯を食べてからちょっと仕事で外出。帰りに地元資本のスーパーマーケットに寄った。この間、このスーパーの社長さんの話しを聞く機会があり、激しい競争にさらされている業界の話しをひじょうに興味深く聞いたものだから、品揃えを見てその話しを思い出すとなかなか面白い。確かに工夫しているなと感じる。大きく主張するわけじゃないけど、なんとなく、という部分が大切なんだろう。それから戻ってまた仕事と思ったのに、またはかどらず。全くダメダメな自分。あまりに気持ちのいい天気なので外に出て小さな庭をまた観察。
ウイキョウが砂利の所からもたくましく顔を出している。これは知り合いから分けてもらった株を植えておいたもの。土があったのか勢い良く大きくなっていたけど、今年はさらに子供が、とんでもない場所にも顔を出している。友人から「分けて」と言われたけど、ここまで健気にがんばっている株を取っては申し訳ないようで、比較的安易な場所に出たのを分けた。友人からは「小さい」と文句を言われたけど。つい最近、タイ人からパクチーの種をもらったので、少し撒いた。出るといいけどな。残りは実家の畑に撒いておこうと思う。パクチーラーオ(ラオスパクチー)の種ももらった。これもとっても美味しい、大好き。東北地方の料理で多用する。スープにたくさん入れる。名前は同じくパクチーだが、種はもう全く別物。なんでどっちもパクチーと呼ぶんだろうか。それからまたタラノメを採りオリーブオイルで炒めた。娘が「味噌汁にタラノメ入れないで」と言うから。青菜の若芽を摘んで味噌汁に入れようと思ったけど生で味を見たらあまりに美味しいのでそのまま生で食べた。エネルギーもくもくな季節…。
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